2013年10月6日日曜日

住宅設計者の「零戦と堀越技師」

 宮崎駿監督の「風立ちぬ」の主人公で、ゼロ戦の生みの親である堀越二郎氏。私が堀越技師の名を知ったのは、小学校5年生の時でした。
 

零戦との出会い

 小学校1年生の秋に急性腎炎を患った私は、2学期の後半は学校に行けず、家から一歩も外に出られない療養生活を送りました。
 そんな中でも、通院の帰りや、父が出かけたときに時々買って来てくれるプラモデルを作るのは楽しみでした。当初は今井科学のサンダーバードシリーズや、テレビの特撮物に登場する乗り物がほとんどでした。
 
 ある時、仏壇の前に、父が作った零戦21型が飾ってあるのを見つけ、その格好良さにたちまち心を奪われました。
 均整の取れたフォルム。大空を、より高く、より速く、より遠くへ、そしてより自由に飛び回るために到達した最高のバランスがつくり出す美しさを、子供ながらに感じ取っていた気がします。
 クルクル回るプロペラ、引き込み式の脚と車輪、スライドするコックピットのキャノピー、アンテナ、ピトー管等々。当時はそれらが何であるかほとんどわかりませんでしたが、どんな役割や意味があってそこにあるのかを想像するだけでも、架空の乗り物とは次元の違うリアリティーにゾクゾクしました。
 

堀越技師との出会い

 それ以来、すっかり飛行機の魅力に取り付かれた私が小学校5年生になった時、母が「ゼロ戦物語」という本を買ってくれました。それは、少年少女向けに書かれた零戦開発のノンフィクションでした。
 「あの完成された美しい姿の陰には、こんな緻密な裏付けと、こんな壮絶なドラマがあったのか。」
そこに描かれていた堀越二郎技師を中心とする設計者、技術者、テストパイロット達の死にもの狂いの、そして気が遠くなるような悪戦苦闘ぶりは、設計、開発という仕事の重要性と「凄まじさ」を知った最初の体験でした。
 
 その後も、いくつか飛行機やエンジンの開発物語を読みましたが、「相反する要求を満たすためにアイデアをひねり出し、根気強く試行錯誤を繰り返して、最もバランスの良い答えを見つけ出すために、悪戦苦闘すること」は、いつの時代も設計者の常であり、またそれが「設計の醍醐味」であると思うようになりました。
 

住宅と「設計の醍醐味」

 住宅の設計は、先端技術の開発とは違い、技術やハードウエアの面ではそこまで難しくありません。むしろメンテナンスや将来のリスクを考えると、あまり特殊な技術や材料を追い求めるよりも、普通に手に入る材料で、普通の大工さんや職人さんが作れる事も大切な要素であると思います。
 その反面、生活環境としての利便性や快適性、健康やコミュニケーション、教育や介護、家計の事など、身体的、心情的な課題を、それぞれ異なる住み手の立場に立ち、その人の気持ちになって、一生あるいは世代を超えた長いスパンで考える力が必要とされ、技術とはまた別の難しさがあります。
 
 しかし、「たとえ相反する要望であったとしても、それを満たすためにアイデアをひねり出し、根気強く考えながら、最もバランスの良い答えを見つけ出すために、悪戦苦闘すること」が、「設計の醍醐味」であることに変わりはありません。

 少年時代に出会った「ゼロ戦物語」と堀越二郎技師のおかげでしょうか、幸いにして私はこの「設計の醍醐味」が大好きです。
中島桂一